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母の追悼式がありました。

2013年05月13日 []

今日は、3月に亡くなった母の追悼式に行ってきました。


早いもので母が亡くなってもう2ヶ月が経ちました。


母の死についてはこちらのブログの記事をよかったら
読んでください。


母の死


追悼式では、私が知らなかった茨城での母の生活や、
友人と仲良く過ごした日々を、エピソードを交えて
話して頂きました。



そんな話を聞くたびに、母の晩年は娘とは
親密にはできなかったけど、いいお友達に囲まれて
幸せだったのだと。



羨ましいような、安心したような気持ちになりました。



母は、離れていてもいつも私のことを気にかけていたそうです。



「娘が野田にいるのよ」・・とよく話していたそうです。



私は母に残された命の最後の時間しか、共に過ごすことは
できませんでしたが、それでも母は最後は娘のもとで、
見守られながら死んでいったのだと。



それを幸せに思ってくれていたと信じる事でしか、
私は自分を慰める術が見つからないのです。



できることならもう一度、10年前に戻って、母との
時間をやり直したい気持ちです。



オシャレだった母の遺品は洋服が多いのですが、私は一切、
形見に洋服はもらいませんでした。



むしろ、母が愛用していたペンやノートや聖書など。



書籍類をもらってきました。



洋服よりもむしろ、私はそこに母の温もりを感じるのです。




古いノートの中に挟んであった手紙。




母はどんな思いでこの手紙を書いたのだろう。



母は熱心に勉強していたのだろうか・・。



まぶたを閉じると、そこにいて本を読み、
手紙を書いている母の姿が浮かんでくるのです。


ごめんね・・・・。



10年間も会いにも行ってあげなくて。




10年前、私は母と口喧嘩をしてしまったのです。



それも電話で。



それから数年が過ぎたある日、私は人づてに
一枚のメモを受け取りました。



それは、母の居場所を知らせる直筆のメモでした。


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茨城に引っ越したということをなんとか私に
伝えたくて書いたのでしょう。



雑ではありましたが、持っていたメモ帳に
必死で住所を書いてちぎって渡したのでしょう。



それを人づてにもらった私は素直になれず、

「こんなものを人に渡すのではなくて、
電話してくればいいじゃない」



そう思って一切、母に手紙を出すこともしませんでした。



いつか、母から電話がかかってくるだろう。



そう思っていたのです。



しかし、母からは一度も電話がかかってくることは
ありませんでした。



「もう・・意地っぱりなんだから」



今思えば母は、意地もあったのかもしれませんが、
雑然としたあの部屋では私の家の電話番号も
見つからなかったのでしょうし、貧しい生活の中、
そもそも家に電話もなかったようでした。



だからメモには電話番号が書いてなかったのです。



私が連絡を取ろうとさえすればいつでも会うことは
できたのに、私は自分からその機会を捨てていました。




ごめんね・・・。



後悔だけが残ります。



みんながどれだけ「最後は一緒に居られたのだから、
お母さんは幸せだったのよ」と慰めてくれても。



もう過ぎた時間は戻っては来ません。



でも、いつまでも後悔の涙を流していても仕方ありません。



また明日から私は前を向いて生きていきます。



後悔の涙を流すのは今日までにして・・・。


130513_2127


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