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向島の思い出 

2013年04月06日 [雑記]

東京都墨田区向島。

最寄駅は押上と業平橋でした。

今はもう「業平橋」という駅名はなくなっています。


現在は「東京スカイツリー駅」になっています。


私はその業平橋から程近い「向島」で“生"を受けました。



私の住んでいたアパートは、業平橋から歩いて7~8分、
押上駅からは当時の子供の足でも歩いて3分のところでした。


悲しいことですが、母は決して私を望んで生んだ
わけではありません。



すでに何度も堕胎を繰り返していたので、母体のためにも
もう生むしかない・・ということで私を産んでくれました。


私と兄の間は4年と4日離れています。


その4年の間に2人の「兄弟」がいたと聞いています。


この世に生みだしてもらうことが叶わなかった、気の毒な
「兄弟」がいたことを思うと、私は産んでもらっただけでも
感謝すべきなのでしょう。


事情はどうあれ、私はこの世の中に生み出されました。


19●●年、2月14日のことです。


当時、家は貧しく、住まいは6畳1間のアパートでした。



貧しかったといっても子供の私が苦労をしたわけではありません。


苦労したのは母でした。


貧しくても母は子供たちにはちゃんとご飯を
備えてくれました。


そのおかげで「お腹が空いて眠れなかった」

なんていうことはありませんでしたし、
兄のお古が多かったけど、服もちゃんと与えられていました。


アパートの外では近所の子供たちと遊んでいましたし、
特に不自由を感じることはありませんでした。

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なのにどうして「貧しい」と思っていたのでしょうか。


こんなエピソードを覚えています。


ある日、夜だったのか夕方だったのか、時間帯は
覚えていませんが、家族でテレビを見ていた時のこと。


いきなり、2人の男性が部屋に上がり込んで来ました。


そして見ている最中のテレビを運び出していきました。


それほど大きなテレビではなかったはずなのに。


何故か男性が2人でやってきてわが家のテレビを
運んでいったのです。


「お母ちゃん、どうしてテレビを持ってっちゃうの?」


幼かった私は母にそう聞きました。


母は私の疑問に答えることもなく黙ってその
男たちのすることを見ていました。


もしかしたら私は泣いてその男性2人に向かって
「テレビ持っていかないで」と叫んだと思います。


ハッキリとは覚えてないのですが、そんな私を
母が止めたような気がします。


おそらく5歳くらいの頃のできごとでした。


あれから数十年が経ち、大人になったあるとき、
その話を何気なく母にしたことがありました。


「あの東京のアパートにいたとき、ローンが
払えなくて、テレビを持って行かれたよね?」


母はすごく驚いていた顔でこう言いました。


「え~?!そんなことを覚えているの?
相当昔のことだよ。 へぇ・・覚えていたんだ・・」


私の記憶力がいいのを母はとても驚いていましたが、
幼かった私にとって、あの出来事が今でも印象に
残っているのは、テレビを持って行かれた事が悲しかった
からではありません。


いえ、もちろん、子供だったからその時は悲しかった
のだと思います。


ただ、今でもその時の光景で思い出すのは、
テレビを運び出されるのを黙って耐えていた母の顔なんです。


その顔は悲しそうだったのか、悔しそうだったのか、
わかりません。


でも、何故か、テレビが運び出されるのを黙って見ていた
若くて美しかった母の横顔を思い出すのです。


貧しいってこういうことなんだと。


子供心に感じた出来事でした。


貧しいということは、債権者にテレビを持っていかれるのを
黙って耐えなくてはならないということなのだと。


あの時の母の顔だけが妙に印象に残っています。


東京。

墨田区。

向島。


今スカイツリーが立っているあの下町には
私の思い出が少しだけ詰まっています。


数年前、車で隅田公園のあたりを通ったことがありました。


すでにスカイツリーがほとんど完成していて、
空に向かって高くそびえ立っていました。


私が通った小学校の裏に隅田公園があったのです。

車の中からちょうど小学校が見えた時、

「あ、まだあの小学校あるね!」


懐かしい母校の姿を見て、私は子供のように
無邪気にはしゃいでいました。


今ではスカイツリーを見るために、至るところから
この下町に人々がやってくるけど、何故か私は今の業平橋に
行きたいと思わないのです。


観光スポットになってしまった「業平橋」は
私のふるさとではない気がして・・。


私にとって「ふるさと」はあの狭いアパート
であり、東京には似つかわしくないくらいの
ダサくて古い駅なのです。


もう母とあの道を歩くこともあの駅で
待ち合わせることもないのだけど。





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